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zoom RSS 長良川・庄川紀行

<<   作成日時 : 2007/06/24 01:05   >>

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 国道156号線をひたすら北上するドライブをした。長良川をさかのぼり、分水嶺を越えて庄川を下ることになる、一本の道。特に白川郷までは通い慣れた懐かしい道で、様々なことが思い出されるいいドライブだった。白川郷に入る手前に遺されている合掌造り作りの家屋、遠山家。内部まで公開されている。
 
 
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 156号線のスタートは岐阜市。刃物の町、関市に入ってすぐの地点で、北東方向に、未だ雪を頂いている御嶽山が見えて、いい旅の予感。卯建(うだつ)と和紙の町、美濃市を経て、長良川に寄り添うようにして国道はゆるやかに上っていく。この道は、カーブも傾斜も穏やかで景色もよく、立ち寄る名所や温泉・休憩所の設備も整い、ツーリングにはもってこいの道だと思う。
 これは、道の駅・美並の脇をことことと駆け抜けていく長良川鉄道。美濃太田(美濃加茂市)から郡上市・北濃駅まで走っている。かつての越美南線だ。

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 長良川でカヌーに乗る人たち。ここで、本当なら郡上八幡についてもふれるべきなのだが、たぶん八幡のことを語り始めたら一週間あっても足りないので、また踊りに出かけた折にでも、ということで、先へと急ごう。

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 旧白鳥町を抜けて、旧高鷲村にはいると登りがきつくなり、大日岳のわきの峠道となる。温泉とスキー場、緑の斜面には民家が点在して、青空を背景に「日本のチロル」を思わせる光景が広がっていた。(偶然かけていたBGMが、フランスの民謡だったためもあるか。)
 登り詰めるとひるがの高原となる。ここには湿:原植物園もあるが、なんと言ってもその湿地からまっすぐ流れ出てくる水の流れが、左右二方向、太平洋側の長良川と日本海側の庄川へと分かれて流れ出している分水嶺公園が、おもしろいポイントだと思う。特に今回は自分にとっての「向こう側」、庄川の日本海側へとたどっていく旅となるので、川に向かって「よろしく」と自然に念じていたのだった。
 ひるがの高原も過ぎて、旧荘川(しょうかわ)村・新高山市に入り、美濃ではなく飛騨となる。慣れ親しんだ旧町村名でなくなって、多少不案内な気持ちになった。この木は、その荘川の名を冠した、荘川桜。岐阜の三大桜の1つ、4月に訪れた飛騨一宮の臥龍(がりゅう)桜、根尾(ねお)の薄墨桜と並ぶ、周囲8メートルを超す古樹である。

 
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 背後にある御母衣(みぼろ)ダムを造るとき、二つの寺の境内にあった樹齢約400年の桜たちが水没してしまうのを惜しんで、なんとか命を救ったという逸話がのこされている。また今では、たくさんの子孫もあり、かつてここを名古屋から金沢まで路線バスが走っていたときには、「名金線(めいきんせん)の桜」として乗務員さんが「太平洋と日本海を桜でつなごう」と、苗木を植え続けたエピソードも知られている。
 現在では、東海北陸自動車道がほぼ全線開通してバスの路線も改正されたが、それでも、人の足で走りつなぐ「さくら道ネイチャーラン」として、毎年のようにランナーによって結ばれている。このあたりでスーパー林道が先日冬期閉鎖から開通した白山の、雪を冠する姿がのぞくようになり、かなり北上したことを実感する。
 おもしろかったのは、白川を過ぎて五箇山に入ろうとする県境で山々を縫うように橋が架かっているために、「橋を渡るたびに、県が変わります」という案内板の通り、岐阜と富山を行ったり来たりしたのだった。この区域、ずいぶん長距離をダム沿いに走ったが、「かつて旅に出たときには、ダムを船で渡してもらうのが一番早く行けたんだ。」と富山の人が話していた。それぐらいに、山と谷が深く道が細くて遠かった、ということである。 

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 世界遺産・合掌造り集落。岐阜県の白川村と、富山県現南砺市の五箇山・相倉(あいのくら)集落と菅沼集落とが、抱き合わせで指定されていることは、案外知られていない。庄川の上流の山襞、まさに「飛騨」の語源となったといわれる山々の、そのまた奥にひっそりとあったその村々は、雪深く厳しい自然条件の中で知恵を絞った独特の家屋を造り上げたのだろう。上は白川、下は菅沼で、相倉は寄らずに通過したが、それぞれに造りが少しずつ違って、さらに泊まってみるとまた印象が変わるが、以前のように予約がとれるものなのかはわからない。

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 五箇山を過ぎると、道が二方に分かれ、庄川を下るのなら156号を直進して砺波に向かうのだが、今回の最終目的地は能登半島なので、進路を変えて金沢方面に向かう304号線を走る。五箇山トンネルを抜けると、平野部に出て急に視界が開ける。実は、まだまだ道半ばだったのであるが……。
 城端(じょうはな)の古い町並みなどを通り抜け、全く未知の471号に進んでまた峠を越え、かほくに出てようやく日本海に対面したのだった。

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 能登半島の西南部でようやく海沿いの道となった。高速道路に頼らずに走り続けられたのはよかったが、やはり遠かった……。

 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。能登半島までドライブって凄いですね。
どの位の距離を走られたのでしょうね。夫は、ここの世界遺産・合掌造り集落を何度か見に行ってますが、私も何時か訪れようと思ってます。これから夏の時期は鉢物管理が大変で、宿泊できないのですけど何時か出かけたいです。
うだつって、卯建という漢字表記なんですね。
北海道の小樽の古い町並みで見ましたが、防火、防寒のためにある横壁ではないのですね。「うだつがあがる」の「うだつ」とは漢字違いみたいです。
草花火は昔育てて翌年駄目になりました。また先日見かけて今鉢管理です。一日花で命儚いですね。でもバッチリと花火のような蕊で綺麗ですね。先日フォットしたら、ボケでした。
ボウフラ退治は、ミジンコですか?田の土が手に入らない時は仕方ないので、毎日苔に水を与えるしかないのでしょうね。他に花屋で土栽培のものも育てて、比較していますよ。
白万重は今日私がアップした、スイセイ2号の色違いのようですね。
ハナショウブもそちらでは野生化ですか?野性では自然に増えて毎年咲くのですね。
ミミカキグサも楽しみですね。
一花
2007/06/24 22:16
 こんばんは。ありがとうございます。片道400q程度でしようか。行くときはよかったですが、帰りは計画的に途中で一泊、ついこの間行ったばかりの高山に寄りながら戻りました。能登はさすがに魚がおいしかったですよ。
 美濃の町並みの卯建は、他の地方のそれに比べると、装飾的な面が大きいというか、ごつくて機能優先のものとは違うようです。だからこそ使う瓦などに贅を尽くして、「飾り物にまで手を回す余裕のないこと」を「うだつがあがらない」と言ったようです。美濃の紙問屋さんなどの豪商屋敷などが、いまでものこされています。
 ところでミジンコって、極端な話、市販の赤玉土をバケツに水と一緒に入れておいてもわきますよ。でも、完璧な駆除にはならないと思うので……。うちは超ミニオタマジャクシくんにがんばってもらっています。

 
一花さんへ
2007/06/25 01:12

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