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zoom RSS 麦の穂 ゆれて 〜麦秋〜

<<   作成日時 : 2007/05/19 00:45   >>

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 柿の葉の新緑が光に照り映えて、文字通りライムグリーンがまぶしいこの季節。けれども、さんざん料理したタケノコが、緑鮮やかな若竹へと成長し、枝葉を広げようとしている一方で、役目を終えた古い竹は色をかえ、はらはらとその葉を散らすようになっていく。しばらく一枚一枚の葉が風に踊りながら散っていくのを眺めていたことがある。「竹の秋」はこのことかと、その時体の芯まで、しみこんで記憶に残った。

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 麦が黄金に色づき始め、収穫が始まったところ、すでに済んで田植えに移っているところ、色づきがこれから始まるところ、広い広い河口近くの平野の稲作地帯でも、今は水を張ってあったり耕されたり麦の金色だったりと、北海道にはかなわないものの、さながらパッチワークのよう。バラ園に続き、出かけた先での光景。何かにつけて、自分が暮らしている地域と比べて、2〜3週間季節の進行がはやいように見える。
 全てとはいえないが、種類は、この辺りの地粉として販売されているものもあるので、小麦だと思う。車で走る両側が水田地帯になっている。(撮影も停車中の車内から。麦畑の真ん中の、不審車だったろうか。)

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 自分にとっての節目が、麦秋と重なることが多かったので、「あの麦が色づく頃には……」と、思いをめぐらすこともよくあったのだが、このごろ地粉が歓迎されて、麦作りが戻ってきたのがなんだか嬉しい。また、何かの節目がやってくるのかもしれない。(いいことでありますように。)
 少し見直されている麦茶も、赤ん坊の頃からお世話になった大切な飲み物だ。(原料は大麦。麦ご飯も。)

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 写真はないのだが、途中ある地域で、不思議な光景を目にした。話には聞いていたが、実物は初めてだった。通過する地域は、茶所として有名だが、他の茶所と違ってこの時期に茶畑は、姿を消してしまう。新茶を刈るからではない。畑の周囲と上部を、茶畑丸ごと透けて見えないほどの黒い遮光ネットで囲んでしまうからだ。
 これは碾茶(てんちゃ)と言う抹茶の原料の茶にするためで、光線量を制限して、柔らかく甘みのある茶葉に仕上げるための栽培方法だと、いわれている。この土地は、茶所だけあって芸事も盛んで、お茶には全般うるさく、何よりおいしい和菓子屋が何軒もある。
 そういえば、麩饅頭(さんきら餅 サンキライ=サルトリイバラの葉にくるまった、生麩を餅代わりに餡を包んで蒸した和菓子。熊笹で包むところもある。)の張り紙が、どこかにあった。新茶を淹れて、職場でこの饅頭を振舞ってくれた人、自家製の新茶を山ほど急須に入れて、ほんの少しの軽く冷ました湯を注ぎ、濃厚な新茶の緑の命のようなお茶を入れてくれた人も、この土地の人だった。そういう人のことは、忘れることがない。
 写真は、わが園の赤(ピンク)の花を観賞するためのチャノキ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
麦秋…響きの良い言葉ですね
ひめだかさんから教わりました
戸外に出て、景色を楽しみたいです。
百合香
2007/05/20 08:06
 おはようございます。早くからありがとうございます。百合香さんのところも、いい天気ですか?そんな日は、外に出て、からだの空気を入れ替えましよう。
 「麦秋」には、私にとっては切なさを感じてしまう部分がありますが、豊かな実りの喜びも盛り込まれているのですよね。「竹の秋」も、日本情緒のある言葉だと思います。(俳句や季語には疎いのですが、写真がいっぱい入ったような季語辞典を眺めることは、昔から好きです。)
百合香さんへ
2007/05/20 10:52

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